リカヲルーム

何でもアリの、ミクスチャーワールド。

C言語が結んだ友情編その2 ~そして、新世界へ~。

みなさんこんにちわ!。

ようやく世間一般の、「黄金週間」に入ったリカヲです!。(4日しかないケドネw)。

原稿消失事件(前回の記事を熟読してネw)があって、心が折れたエンジェル(?)

リカヲです・・・。

同じ文章を、同じ時間かけて入力するのも何だかなぁ・・・。

と思ったので、前回の記事で大々的に発表した、

「リカヲ先生の問題解決プロジェクト ~境界面上のブレーンストーミング~」

シュタインズ・ゲートのパクリじゃねーかw)。

を実行しました。

これで作業はかなり楽に、効率的になるはずなんだが・・・。

と言うことで今、プロデューサーの方から「つかみの文章とれ高OK!」

カンペ(?)が出たので(妄想w)、本題に入っていこうと思います!!。

。。

。。。

時は1990年代前半。高校3年生になったばかりの春。学校の「リカヲ」。

新しいクラスメイト達と、あまり話したがらない「根暗なリカヲ」は、

新しいクラスメイト達に、うまく溶け込めないまま約1ヶ月が経とうとしていた・・・。

そんなある日、唐突に「彼」がリカヲに話しかけてきた!。

「リカヲ君ってさぁ、パソコンとかゲームとか音楽に興味ある?」。

。。

そんなことがあってか、彼とはよく話すようになりました。

それに彼は、当時最高級電化製品である「パソコン」を所有しているみたいでした。

5月の連休初日。

初めて彼の家に遊びに行きました。

デッカイ家。しかも、彼の部屋は離れの「プレハブ小屋」!。

当時の金持ちのボッチャンは、みんなこんな風でした。懐かしいなぁ・・・。

そして彼の部屋へ。

そこで見た、衝撃の光景!!。

机の上にそびえたつ、黒い物体、

シャープの「X68000」ッッッ!。

リカヲがどーしても欲しかった、シャープの「X1」パワーアップした後継機種

(それぞれ互換性はない)が、今ここにッッッ!!。

そしてその右隣には、NECの「PC-9801VM4」・・・。

恐るべし・・・ッッッ!。ボッチャンッッ・・・。

結局その日は、彼とろくに会話もせずにX68000」の「グラディウス

夢中になってプレイしていました。

流麗なグラフィックス!。

リアルなサウンド!。

アーケード版とまったく変わらないじゃあないかッッッ!。

ファミコン版の「グラディウス」なんて、足元にも及ばないッッッ!!。・・・。

彼の部屋で夜遅くまでゲームして、次の日も彼の家に行きました。

「2日連続で手ぶらで行くのも、何だか申し訳ないなぁ」、と思った私は、

C言語 実践プログラミング入門」を持って行きました。

付属の5インチフロッピーディスクの内容が知りたい、というズルい考えもありましたw。

(彼の「PC-9801VM4」は、5インチ2ドライブ)。

ファミコンスーパーファミコンのカセットを持って行こうと思いましたが、

彼は家庭用コンシューマゲーム機の類を、一切所有していませんでした・・・。

以前彼と会話をしていた時、「ファミコンなんて、子供のオモチャだゼ!」と

エラソーにほざいていましたw。

彼は基本的に人の話をあまり聞かずに、自分の意見を「一方通行的」

熱く語りまくる、うっとーしー自己中ヤローでした。

しかも、やや中二病でしたww。

クラスメイトの気合ブリバリ(?)ヤンキー達からも、一目置かれていました。

(女子からは、キモイい奴扱いされていたけどネw)。

容姿や性格は、「ちびまる子ちゃん」に登場する「マルオ」君にそっくりでしたwww。

(そんな彼だったけど結局、学級委員長にはならなかったけどネw)。

そんなメンドクサイ(?)彼でしたが、私の話はマジメに聞いてくれました。

私と共通する何かを見つけていたんでしょうね・・・。

それに、何だか憎めないヤローでした・・・・・・・・・・。

彼の家で、私の持って行った本に付属していた「フロッピーディスク」の

内容を確認してもらったところ、この本

ゲームプログラミングとは全然関係がない、「機械制御」に関する

プログラミングの本であることが判明しました・・・!。

(結構な時間、「熟読立ち読み」をして購入を決心したリカヲって一体・・・!?)。

それでも彼は、この本をえらく気に入ったようで貸してあげることにしました。

彼の「VM4」には、背面パネルに接続された「SCSI」(スカジー)ケーブルを通して

いくつかの電子基板に接続されていました。

それから、いくつものICチップや、発光ダイオードコンデンサ(抵抗)と半田ごてが

テーブルの上に置いてありました。

彼にこれらの基盤のことを尋ねると、

「Z-80」 (←クリックしてネ)について、「一方通行的」に熱く述べまくりました・・・。

機械制御に関するプログラミングについては、無知で未知の世界である「リカヲ」。

しかも、ほとんどが「ハードウェア」関係・・・。

本能的に「まだこの領域に踏み込む時期ではない」、という警鐘を鳴らしていました。

ここまで来れば、立派な「パソコンオタク」・・・!、になってしまうッッッ!!。

(当時、「オタク」に対する社会的偏見が物凄かったw)。

結局その日は、「X68000」のゲームをずっとしていました。

ゼビウスも良かったなぁ…。)

帰り際に、私の本とフロッピーディスクの貸与交換条件(?)として、

ある「モノ」を貸してもらいました。

それがコレ。

Img_20180429_151920


Borland社製 Turbo C++

彼は「Z-80」だけじゃぁなく、

「BASIC」と「C言語」のプログラミングにも精通していました。

エッチなゲームも、いくつか作っていました。

(ゲームとは呼べない、クソゲーだったけどネw)。

それにしても、海外製のこんな高価な(3マンエンくらい?)のソフトを

簡単に貸してくれるって・・・。

どんだけボッチャンなんだよ・・・。

それと同時に、これらも貸してくれました・・・。

それがコレ。

Img_20180429_152603


「Z-80関連の書籍4冊」

・・・。

正直言って、あまり興味がなかったけど、彼が「一方通行的」に勧めてきたので、

しょーがなく借りてやることにしました・・・。

重く、電話帳並みに分厚いこれらの本は、家路に向かう

リカヲのママチャリのハンドリングを狂わせる、悩ましい物でした・・・。

。。

。。。

時は1990年代前半。5月から7月。夏休み前の「リカヲ」。

中間試験、期末試験前以外は、ほとんどの週末彼の家に遊びに行っていました。

お目当てはもちろん、「X68000のゲームだったけどネw。

彼に貸してもらった、「Turbo C++」は私の「PC-9801BX」にインストールしましたが、

ほとんどプログラムミングはやりませんでした・・・。

それほど、「X68000」のゲーム(特にグラディウスに夢中になっていたのです・・・。

同時期に、「PC-9801」シリーズ対応の「アローン・イン・ザ・ダーク」(12800円!!)

を、ラーメン屋でバイト(主に皿洗い)した金で購入したので、

(12800円もあれば、「エッチなゲーム」は余裕で買うことができたが、

どうしても買う勇気がなくてあきらめた、ショボい青春時代を過ごしたリカヲw)。

(ちなみに彼も、リカヲと全く同じ理由で「エッチなゲーム」の購入をあきらめたらしい

・・が、ホントかウソか、未だにハッキリ分かっていないw)。

ますます「C言語」に対しての興味は、なくなっていきました・・・。

彼がリカヲの家に遊びに来て、この「アローン・イン・ザ・ダーク」をプレイした時

「ポリゴン、スゲー!!!」、と大声をあげながら迷惑プレイをしていたのは、

今となっては良い思い出です・・・・・・・。

「Z-80」については、最初から興味がなかったが、せっかく借りて苦労して家まで

運んで(?)来たので、とりあえず4冊とも軽く流し読みはしました。

全然理解出来なかったけどw。今読んでも、ほとんど理解できませんでしたww。

ある日彼が、リカヲの家に遊びに来た時に、

「この本、もう全部読んだから返すわ」と言うと、

彼はリカヲにこれらの本の感想を述べるように、「一方通行的」に述べやがりましたw。

リカヲは正直に、「Z-80」に関してはまったく興味がないことを述べると、

彼は、それならまだ持っていてくれて良いよ、と言いました?。

「だってさぁ~。持って帰るのかったりーやん。重いし」。

「リカヲが、オレん家に持ってきてくれんなら返してもらうわぁ~w」。

・・・やられた・・・!。

そういうやり取りがあって、未だにリカヲの実家にある「Z-80」関連の4冊・・・。

今となっても、良い(?)思い出ですねぇ・・。

。。

。。。

時は1990年代前半。夏。夏休み直前の、ある日の「彼」と「リカヲ」。

いつものように彼の家に遊びに行くと、唐突に、彼は言いました。

「なぁ、リカヲ・・・。オレと一緒に”バンド”やろうぜ!!」。

・・・。

ああ・・・。

やっぱりね・・・。

コイツ、いつかは私にそう言ってくることは、何となく予感はしていました。

割と広いプレハブ小屋。

初めて彼の家に遊びに行ったとき、私は彼の所有するパソコンや電子基板以外

にも、「ある物」を見ていたからです。

部屋の約半分を占める、「楽器」を・・・。

ギタースタンドに立てかけられた、 「プリンス」 (←クリックしてネ)シグネイチャーモデル

通称「マッド・キャット」(テレキャスタータイプのエレキギター)と、

ヤマハの、「アコースティックギター」が、ありました。

そして、部屋の片隅に陣取る、ギターアンプフェンダーチャンプ 60W」・・・!!。

そして、部屋の約半分のスペースを陣取る

「ドラムセット」が・・・ッッッ!!!。

メーカーこそ不明(恐らく「メード・イン・チャイナ」)だが、なんと!、

「ツーバス」仕様の、完全「ヘビィメタル」セット・・・ッッッ!。

タムは4個・・・!。

シンバル類は、ハイハット、クラッシュ、ライド、と基本的なセットも揃えている・・。

(数は少なめだった・・・w)。

でも、当時珍しかった「スプラッシュ」シンバルがあったのには、ちょっと驚いたけどw。

(私は個人的に、スプラッシュをミュートした音が大好きw)。

・・・。

恐らく彼は、「バンドやろうぜ!」(今もあるのかな?)の「通信販売」コーナーを見て

この「ドラムセット」を購入したのでしょう・・・。

部屋に乱雑に置かれた、「バンドやろうぜ!」のドラムセットの通信販売コーナーには

幾つもの「赤マジック」で書いた、「丸印」があったから・・・。

・・・。

リカヲはその時、こう思いました・・・。

「コイツ、どんだけ金持ちボッチャンなんだよォォォォッッ!!!」・・・、と・・・。

私が「グラディウス」をプレイしているとき、彼はすぐ隣にあるドラムセットを

よく叩いていました。

・・・。

とてつもなく、ヘタクソだったけどwww・・・。

リズムはとっても不安定w。オカズを入れる時、一瞬動作が止まるww。

しかも、力一杯叩いていましたwww。満面の笑みでwwww。

・・・。

X68000」から流れる「グラディウス」のリアルなサウンド

全く聞こえませんwドラムの音が大きすぎて・・・w。

しかも振動で、「X68000」や「PC-9801VM4」が小刻みに揺れているではありませんかw。

大丈夫かよ・・・。ハードディスクw。

ヘッドホンをしてゲームをするのも、何だか彼に申し訳なかったので、

ガマンしてゲームをしてたけどネw。(今ではいい思い出ですw)。

私はその当時、音楽よりも圧倒的に「ゲーム」に夢中になっていたので、

あえて、彼にこれらの「楽器」類のことは尋ねませんでした。

でも・・・。

彼が「リカヲの家」に初めて遊びに来たときに、彼は必然的に見ることになるのです、

私の、「音楽部屋」を・・・。

そうです・・・。

私はギターはもちろん、ピアノ、キーボードまでの楽器類は、

ある程度は習得していたのです。

私の父親は、ゲームやオモチャ(ラジコン、ミニ四駆チョロQ)等に関しては、

とにかく口うるさい、昭和中期のガンコ親父(?)でしたけど、

音楽に関しては、とにかく寛容な人でした。

なので、必然的に「ピアノ」は習わされました・・・。しかも小学1年生からw。

物凄く嫌だったけどネ。

確か、「バイエルン」と「ハノン」はすべて習得した記憶があります。

小学6年生になる時に、やっと「地獄のピアノレッスン」(?)から解放されました。

(そのとき、両親といろいろあったけど、詳細は「リカヲの物語シリーズ」で、

一方通行的に、熱く語ろうと思う今日この頃ですw)。

中学に入ったころ、当時影響されていた「ヴァン・ヘイレン」 (←クリックしてネ)

のスーパーギタリスト、「エディ・ヴァン・ヘイレン」に憧れて、どうしても

エレキギター」が欲しくなり、そのことを父親に述べると、父親は黙って

物置の方に行き、なんと!、

「フォークギター」

を持ってきましたw。

(そこでもいろいろあったのですが、詳細はいつか語ってやろうと思う今日この頃ですw)。

その日からなぜか、父親とマンツーマンの「フォークギター」レッスンが始まるのですw。

(それから・・・。以下省略ww)。

そんなことがあったので、私は幼少期より「音楽」が常に生活の一部だったのです。

ボッチャンな彼とは、何もかもが違っていたのです・・・。

彼は早速、私の所有してるギブソンのパチモンメーカー(?)「ギブボン」の

レスポールスタンダードに注目しました。

だから、私は彼のためにハリきって(?)ギターを弾いてやりました。

ギターアンプ、「マーシャル・バルブステイト 30W」から流れるメロディーは

エレキギターも、その他の楽器類も自分でバイトして購入したんだぞぅぅw)。

「ディープ・パープル」の「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のイントロリフ・・・。

が、たったこれだけでも、彼にとっては衝撃的だったようですw。

(彼はドラムはもちろん、ギターも超ドヘタだったw)。

(洋楽にまったく興味がない彼が、なぜ「プリンス」モデルの超高級(?)

エレキギターを持っていたかは、今でも謎のままですww)。

そして彼が何かを言う前に、間髪入れずにイキナリ

ヴァン・ヘイレン」の「イラプション」を激弾きしてやりました!。

(激弾きといっても、完コピは出来なかったw。それなりの形にはなったんだけどネw)。

(とにかく難しすぎた、ハミングバードや特に後半の「高速タッピング」・・・。そもそも

リカヲが当時所有していた「ギブボン(?)のレスポールスタンダード」には

「アーム」が付いていないので、根本的に「ムリ」なんだけどネww)。

・・・。

彼に与えたインパクトは、絶大でした・・・!。

結局その日は「イラプション」を10回以上弾くハメになったけどw・・・。

そんなことがあったので、彼はいつかきっと「バンド」の結成について

リカヲに相談してくる日が来ることは、分かっていました・・・。

リカヲに断る理由なんかありません。

だから、即答しました。

「ああ。いいよ。一緒に”バンドやろうぜ!”」。

。。

。。。

時は1990年代前半。8月。夏休み真っ最中の「リカヲ」と「彼」。

バンド名もはっきりと決まらないまま、たった二人でバンド活動を始めた、

「リカヲ」と「彼」・・・。

二人とも、結構な「ビビり」だったので、町の楽器屋にある「練習スタジオ」

には、行きませんでしたw。

(当時そのスタジオにはいつも、極悪非道な「パンクヤロー」どもが

たむろしていたww)。

担当楽器については、お互い何も言わなくても、もう決まっていました。

リカヲが「ギター」で彼が「ドラム」。

最初に選んだコピー曲。

The Blue Hearts」の「リンダ・リンダ」・・・。

ベースはなかったけど、二人で一緒に歌いながら演奏していたよね・・・。

超ド下手だったけどネw。

・・・。

ラジオカセットから大音量で流れる、「リンダ・リンダ」。

それに合わせながら、一緒に演奏したんだ・・・。

あの日「一緒に音を合わせた」感動は、生涯忘れることはないよ・・・。

・・・・・。

8月の猛烈に熱い日差しは、「ドブネズミ」みたいに美しく輝いていたんだ・・・!。

。。

。。。

時は1990年代前半。9月から翌年3月までの「二人」。

バンド活動(?)に熱中してしまった「リカヲ」は、次第に「ゲーム」や「パソコン」

をやらなくなりました。

そして残念ながら、習得中だった「C言語」も志半ばで諦めてしまったのです・・・。

タツの台の上には、「The Blue Hearts」のバンドスコアが1冊あるだけ・・・。

・・・。

バブル経済がはじけて、急激に悪化する経済・・・。

大学進学できるオツムもなければ、就職先もないという究極の悪循環w。

そんな二人だったので、市内にあるテキトーな面接(?)だけで入学できた

「高津木材加工専門学校」

に入ることになるのは、すでに決まっていたのです!w。

結局彼とは、高校を卒業するまで、ずっと一緒に演奏していました・・・。

The Blue Hearts」の「リンダ・リンダ」一曲だけを・・・ネ・・・w。

・・・・・。

2月のすべてを凍り付かせる寒さは、「写真には写らない」美しさがあったんだ・・・!。

。。

。。。

時は1990年代前半。~そして、新世界へ~・・・。

「高津木材加工専門学校」という、何だか良く分からない(?)学校に入学した二人。

そこから一気に、バンド活動は開花していくのです!・・・。

・・・。

彼はとっても「ワガママ」な奴でした・・。

でも、彼はリカヲをロックバンドと言う、「新世界」へ導いてくれた恩人なのです!・・・。

だって彼は

 

初代「自分SHOCK」のリーダーで

 

リカヲにとって「生涯の大親友」だった

 

「山崎 良夫」

 

だったから・・・ッッッ!

 

・・・・。

 

でも・・・。

 

彼はもう・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

10 CLS 3 : WIDTH 80, 25 : CONSOLE 0, 25 : LOCATE 0, 5

20 PRINT " TO BE 「リカヲの物語シリーズ

30 PRINT " GO TO 第1章「自分SHOCKまでの道のり」

40 PRINT " ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

50 PRINT " 「C言語が結んだ友情編その2 ~そして、新世界へ~」。

60 PRINT " ・・・・・・・・・・・・・ 完 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

70 END

。。

。。。

最後まで読んでくれた「読者」の皆様。

 

心から感謝申し上げます。

 

ありがとうございました!

 

まだまだ「PC-9801」関連の記事は、執筆していく予定なので、

 

良かったら、読んでみてください!!。

 

それでは・・・。

 

また「次の世界」で、お会いしましょう・・・。

 

さようなら・・・。